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ローマの信徒への手紙 5章1〜11節
御言葉は「和解」を語ります。多くは、人と人との関係を示す言葉です。その特徴は、お互いの権益を譲り、ぎくしゃくしていた関係を融和すること。しかしこの世界は、相手には可能な限りの譲歩を求め、自分の権益は最大限守る偽りの和解が … Continue reading
詩篇 55編2〜9節
私たち、時に重荷に耐えかねる経験をします。言い得ぬ苦しみ、誤解や中傷、厳しい病。重荷を前に神に祈ります。この災いから助け出してほしいと。重荷の中に紛れて「敵」が姿を見せます。敵の名は「神に逆らもの」。その本性は、高慢、嫉 … Continue reading
申命記 8章2〜4節
「人はパンだけで生きるのではない」。[そんなこと分かっている、栄養のバランスを考え偏りなく食べなければ]。聖書は偏食を戒めているのでしょか。「神の民」がエジプトを脱出して、荒れ野を四十年もさ迷った末にたどり着いた地で聞い … Continue reading
ローマの信徒への手紙 4章23〜25節
十字架と復活のイエスを信じキリスト者とされた者は、今までの罪が赦され、二度と罪の虜にならない?。そんなことはありません。あいかわらず日常的に罪を犯し、そのつど「赦してください」と願い祈ります。それでは十字架は何なのか。「 … Continue reading
ヨハネによる福音書 5章19〜30節
「時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞く」。終りの日の善を行った人と、悪を行った人の復活です。善を行った者には永遠の命が、悪を行った者には裁きが与えられる。では善を行うとはどういうことか。言葉通り善行を積み重ね … Continue reading
詩篇 51編1〜14節
「わたしは罪を犯しました」。そのことをはっきりと分かっている者が、その罪を赦していただきたいと神に祈っています。この祈りを遠い昔の詩人の祈りと聞くか、我が事として聞くかは、私たちが自分の罪をどのように受け止めるかにかかっ … Continue reading
礼拝への招き(2016年7月)のご案内
日時 : 7月17日 (日) 午前10時30分 説教題「人はパンだけで生きるのではない」 申命記 8章2〜4節 説教者 : 松永 政和 牧師 人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きる … Continue reading
コリントの信徒への手紙 3章4〜9節
「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし成長させてくださったのは神です」。ここが一番のポイントです。植えること、水を注ぐこと、どちらもさほど重要なことではない。大事なのは「成長させてくださる神」です。このことを忘れて人 … Continue reading
ヨハネによる福音書 5章1〜18節
[ベトザタ]と呼ばれる池の回廊に、歩くこともできない人が「いつの日か癒される」という望みと、「どうせこうして人生終わるのだ」と諦めながらも三八年間、安住の場としています。その人に「良くなりたいのか」とイエス。それは彼が忘 … Continue reading
子供の日・花の日 合同礼拝
日時 : 6月12日 (日) 午前10時30分 普段、子供達は教会学校の礼拝に出席しますが、子供の日・花の日の合同礼拝では、子供も大人も花を持ちよって、礼拝に集います。
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