イエスと井戸に水汲みにきた女性の会話の中心は「水」です。しかし話はかみ合っていません。話は、肉体の渇きを潤おす水から始まりますが、進むにつれ、この水は、心の渇きを癒す水、「その人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る生きた水」だということに気付かされます。その水を受けるための条件は何もない。ただイエス・キリストを信じ求める時に無償で与えられということ。彼女は逡巡しています。「わたしの人生を、このイエスに賭けても良いのだろうか。違っていたなら、わたしの人生はどうなるのか。しかしこの時を逃して再び会うことができるだろうか」。彼女は最後の決断を一つの言葉に託します。「救い主、キリストはどなたですか」。イエスは一言、「わたしである」。
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